日本語名について
英名でさえ、あまり系統的でないですが、 日本語名はさらにややこしいことになっています。 日本鉱物学会などで正式名称を決定して流布してくれればいいと思うのですが。
現状は、博物館・アマチュア系では、英名の音をカタカナ表記し、語尾に「〜鉱」(金属光沢を持つ鉱物の場合)、 「〜石」(そのほか)をつけて、しかも発音しやすいように英名を適当に語尾変化させているようです。 一方学術分野および宝石業界では英名の発音を単純にカタカナ表記するようです。 ひどいケースでは1つの鉱物(英名での記載種)に対して、3つ以上の日本語名があることがあり、 所属グループによって使う名称が違っています。
例えば、火星で発見された 含水珪酸塩鉱物Jarositeは、日本語名には「鉄明礬石」というのがありますが、 新聞などの発表では学術分野で使用されている「ジャロサイト」という日本語を使用していました。 また、名前が元で非生産的な論争が起こることあります。
Rhodoniteは、その鮮やかな色から古来「薔薇輝石」と言われていましたが、 薔薇輝石とされていた鉱物の相当数がパイロクスマンガン石やバスタム石であることが分かってきたため、 薔薇輝石は鉱石名やフィールド名として用い、Rhodoniteはロードン石にする提言がなされましたが、 十分一般化していないようで、ほとんど目にしません。宝石系と学術分野では「ロードナイト」を使用しているようです。
「透緑閃石」または「緑閃石」は、古くは「陽起石」と言われてましたが、 音が「ヨウキセキ」で、角閃石の一種であるのに「輝石(キセキ)」と間違えやすい、という理由で修正され、 これは一般化しました。しかし、最近ではアクチノ閃石やアクチノライトと呼ばれることが多くなってきています。
「黄鉛鉱」は、良く共生する「緑鉛鉱」にも 黄色いのがある上に、緑鉛鉱のPO4をAsO4に置換したミメット鉱の別名として用いられることがあるので、名前が適当でない、との理由で、 「水鉛鉛鉱」か「モリブデン鉛鉱」にしようとしているようですが、「ウルフェナイト」も含めてこの4つの名称が ほぼ似たような頻度で見受けられます。これら4つが同じ鉱物だと知っている人は一体どのくらいいるのでしょうか。 ついでながら、「緑鉛鉱」の名前は何故問題にならないんでしょうか。 緑鉛鉱には緑・黄・褐・灰など色々なケースがあるのですが。
歴史的には、江戸末期から明治にかけてドイツより近代鉱物学が輸入された時、他の分野でもそうであるように、 すべて漢字を使った日本語が個々の英名に対して考案されました(黄鉄鉱、 黄銅鉱など)が、古来より相当する鉱物名が存在するものはそのまま残されました (水晶と石英、辰砂など)。
しかし、時代が下り戦後になると、明治に考案された名称の漢字が難しく(常用漢字表に含まれない)、 教育上問題があるとの見地から、カタカナ表記を基本として、語尾に金属光沢を持つ鉱物は「鉱」、 それ以外の鉱物は「石」をつけよう、という試みがなされます(1955年、日本鉱物学会)。 オウテッ鉱、オウドウ鉱、スイショウ、セキエイ、シンシャ...と書いてみると、 システムとしてはともかく、あまりに直感に訴えないので、一般的にならなかったようです。 言語学的に似たような例は、韓国のハングルにも見受けられます。ハングルは音表記システムとしては非常に優秀なのですが、 単語を直感的に認識しにくいので、結局一時完全禁止されていた漢字が復活しはじめています。
また、このころからX線粉末解析、電子顕微鏡による組成分析技術の向上により新鉱物が続々と発見され、 その日本語をどうするか?という問題には何の回答も与えていませんでした。 この流れから、英名の音に「鉱」や「石」を語尾につける、という慣習が始まったようです。 「鉱」と「石」の使い分けは1955年の提言に従うことが多いようです。1つ残念なのは「石」の読みを 「せき」とするか「いし」とするかはっきりしていないことです。 古くからある「石」の付く鉱物名は「いし」の読みの方が語呂が良いのですが、すべて「せき」と読む人もいます。
ここで他の分野を見ると、例えばサボテンなどでは現在でも明治よろしく頑なに漢字を使った日本語を考え出して命名しています。 「月兎耳(つきとじ)」、「京童子」、「火祭」など、その名前は、その種の形態や色を良く表しているもが多く、 覚えやすいとともに命名の苦労も偲ばれて楽しいものです。また動物では英名をそのままカタカナにしているようです。 「カピパラ鼠」とか「オカピ鹿」とは言いませんね。
もろもろ考えていくと英名の音をカタカナ表記、というのが現状ではもっとも安全な感じがします。 誰でもいいですから、とにかく統一してもらえると非常に助かると思うのですが、いかがでしょうか。